片桐剛インタビュー

9月17日よりGallery Seekにて片桐剛先生の個展を開催致します。
今回の個展テーマは「ひとりしずか」。本テーマに込められた想いや制作へのこだわりなどをお聞きしました。



「ひとりしずか」P30


■制作コンセプトを教えてください

「奇をてらうことなく、素直に表現すること。」「手仕事を大切にすること。」が重要だと考えています。
物と向き合うというのは、美術において誰もが通る基本的なことかもしれませんが、コンセプト偏重になりがちな美術の文脈において、
それを突き詰める事で時代性を超越した普遍的な表現が可能だと信じています。注目を集めるような派手な表現でないことは理解しています。
ですが多様化が極度に進んだ現代だからこそ、描くに値するものは特別な物でなく、それを素直に表現することに意義があると考えています。



■今回の個展テーマを教えてください 

今回は初めて人物画をテーマにした個展になります。
サブタイトルの「ひとりしずか」は山や森で見ることのできる多年草で、ちいさな白い花を咲かせます。
その花言葉の一つに「静謐」があり、『しずかでおだやかであること』は今回の個展で表現したい世界観に合致していると思います。
ソーシャルメディアを中心として多用で過剰な情報を消費していく現代社会で『しずかでおだやかであること』は表現に値すると信じています。



■モチーフはどのように選びますか。

「直観的に描きたいと感じたもの。」作品制作において技法的側面では、どうしても論理的思考を中心に構築しています。
なので、モチーフ選定は論理性から離れ、自己の直観に委ねてみたいと考えています。
傾向としては「人物画」「静物画」「風景画」あらゆるジャンルにおいて人工物より有機物に惹かれる事が多いです。



■制作過程を教えてください。

◆はじめに:現時点で私の技法は大きく2種類に大別できると思います。
 下層描きに単色を用いる「グリザイユ画法」か、下層描きから固有色を用いる「プリマ画法」かの2点です。
 お互いにメリット、デメリットが存在しますので、モチーフの難易度に応じて使い分けています。

◆支持体:主にシナベニヤパネル。60号以上になると木枠にキャンバスを用いることが多いです。

◆地塗り:古典的な「白亜地」か、現代的な「アクリルジェッソ地」。
 ここ1年程アクリルジェッソの上に油性下地を施すことが多くなりファンデーションホワイト8:イエローオーカー1:アンバー1(混色比は作品ごとに異なる)で混色した
 グレーベージュっぽい色で有色下地を施しています。有色下地の場合、インプリマトゥーラは割愛出来ます。

◆オイル:配合比はスタンドリンシードオイル45:ポピーオイル45:ルツーセ10。
 この比率で配合したオイルを便宜上「ブレンドオイル」と呼びます。このブレンドオイルをぺトロールという揮発性油で希釈して使用します。
 描き出しはブレンドオイル3:ぺトロール7 
 中間はブレンドオイル5:ぺトロール5 
 仕上げはブレンドオイル7:ぺトロール3
 といった具合で仕上げが近づくにブレンドオイルの比重を高めていくことで堅牢性の高い画面が獲得できます。

◆絵具:国産 ホルベイン、ヴェルネ、マツダ、ミノー、クサカベギルド。海外製 ウィンザー&ニュートン、ムッシーニ、ターレンスなど使用。

◆ワニス:仮ニス(指触乾燥後に塗布可能)、タブロー(完全乾燥後に塗布可能、目安として1年以上乾燥が望ましい)があり、液体式とスプレー式が存在します。
 タブローを塗布することは現実的に難しいので、液体式のルツーセを塗布しています。
 ルツーセは塗布後に酸素を透過するので、絵具の乾燥を阻害することがなく画面を保護、ツヤの統一ができます。


【制作過程1 「澄」】

◆プリマ画法 1層目

下地はシナベニヤパネルに和紙をジェルメディウムで接着。乾燥後アクリルジェッソで4~6層程地塗り。
乾燥後サンドペーパーで研磨(120~240番くらい) 翌日、油絵具ファンデーションホワイト8:イエローオーカー1:アンバー1の比率で混色した絵具で、有色油性下地を施す。
よく乾いてから鉛筆で下描き。

◆2層目~4層目

肌と背景は4層、髪、浴衣は3層で仕上げている。
手数を増やせばリアルかというとそうでもない。


【制作過程2 「ロイヤルブルー」】

◆プリマ画法 1層目


◆2~4層目

上記作品「澄」と比較すると肌と背景に厚塗りを施している。同じプリマ画法でも全く同じというわけではない。


【制作過程3 「ざくろの頃」】

◆グリザイユ画法 1層目~2層目、モノクロームによる下層描き

下地は古典的な白亜地。鉛筆で輪郭線を中心に下描きした後、濃い赤茶でインプリマトゥーラを施す。
黒はブラックを使用するとキツイ印象になるため、今回はターレンスのヴァンダイクブラウンを使用。
グリザイユ層を2層施しているが、背景と人物の手の一部にインプリマトゥーラの赤を露出させている。
この露出した赤を活用することで、重層的で単なる白黒でない複雑な下層描きを獲得出来はしないかと模索してみた。
ザクロにはグリザイユの優位性は乏しいと判断した為、プリマ画法を採用している。
「グリザイユは画面全てをモノクロームで描くもの」といった固定観念に縛られることなく、自由な発想で制作したい。

◆グリザイユ画法 3層目グレーズ

グレーズは多めのオイルで希釈した透明度の高い絵の具を薄く塗っていく技法と思われがちだが、それだけだと貧弱なマチエールになってしまうため、
グレーズを施したのち、絵具が乾燥する前に明部を中心にホワイトを加え(ウェット・イン・ウェット)画面上で、グラデーションをコントロールしていく。
暗部には下層描きのグレーを透過させる部分を残し、グリザイユ画法の特徴である重層構造を活かせるよう試みる。

◆グリザイユ画法 4層目完成



【最後に】
今回は私が主に採用しているプリマ画法、グリザイユ画法を紹介しました。ですが、絵の描き方に「絶対の正解」は存在しません。
技法を理解することは絵画に対する理解を深め、制作を合理的に支えてくれるもので重要だと考えています。
しかし技法に縛られ過ぎるのも視野狭窄に陥る危険性を孕んでいます。
論理にしばられすぎることなく、時には論理からはみ出してみた方が、モチベーション向上につながり、描く喜びを実感できることもあります。
これからもタブーを恐れることなくトライ&エラーを繰り返していきたいです。



■静物画と人物画を描くときのそれぞれのこだわりや描き方の違いがあれば教えてください。

制作の根幹部分はモチーフによって変化することはありません。
枝葉の部分(技法、テクニカル)は人物画とそれ以外のモチーフで多少違いがあります。
具体的には肌の表現には下層描きにグリザイユに代表されるような「単色画法」を採用する場合があります。
たいして他のモチーフは固有色をそのまま乗せていく「プリマ画法」を採用することがほとんどです。
又、絵画を技術的側面で分解していくと「形」と「色」に集約されると考えています。
写実的な表現ではどうしても「形」に重きを置きがちになってしまいますが、「色」についても形と同様に関心があります。
派手な色彩を好むわけではありませんが、色彩がくすみなく発色する方法論にはこだわっていきたいと思います。


「紗」F8


「紗」F8 ディテール



■他の写実画家と比べた時、片桐さんにしかない表現方法、強みなどがあれば教えてください。

難しい質問(笑)しいて言えば「他者と比べない事」。
言語化が難しいですが、自身の作品と比較できるほど、他者の作品についての情報を持ちあわせていません。
ある時期から写実系の作品を実際に見る事がなくなりSNSのタイムラインに流れるものを見る程度になっています。
この対応はデメリットも多くあること(時流を見失う、自己満足に陥る)は承知しています。
ですが、他者の作品を研究することで得られる恩恵より、自己の課題解決に目を向ける事が現時点では有効、建設的である。と判断しました。
安易に情報が得られる現代だからこそ、情報から距離を置くことは必要であると考えています。
※永久に続けて仙人を目指すわけではないです(笑)



■以前より『「人の手で絵を描く意味はどこにあるのか」を自身に問い続け制作していきたい。』と仰っていましたが、今現在この問いについてどのようにお考えですか?

デジタルとアナログが共存し、仮想と現実の境界が曖昧になりゆく現代。
テクノロジーの進化に伴い拡張していく現実に、どこまでがリアルか、再定義が必要になっていると思います。 
こうした変化に合わせて、アートの文脈においても「アートとテクノロジー」、「アナログとデジタル」を隔てるものは何か?について
業界として向き合い、アップデートする必要に迫られていると思います。
そうした時代性の中で私は「手で描く事」を選択しました。
それは人に響くアプローチとして、「人間の手で作ったもの」が有効であると信じているからです。
絵画はこれまで幾度となくオワコン化した。その役目を終えた。と言われたところから、再生、変容を遂げてきました。
これからの未来、人を感動させる手段として「AI」や「メタバース」が手仕事のオルタナティブになりえるのか?物質性を有する表現を駆逐するまで浸透するのか?今のところ私にはわかりません。
わからないからこそ、これからの自身の制作で確かめてみようと思います。
この試みはマスに向けたKPIとは逆行するものかもしれませんが、アートは必ずしもKPIに囚われる必要がない。それこそアートの優位性であると思います。
「人の手で描く意味」は今後も描いていく限り、直面する問いだと思います。 目をそらすことなく正面から向き合っていきたいと考えています。
晩年には何かしら、自身が納得できる答えのようなものを見つけたいと願っています。



片桐先生ありがとうございました。 Gallery Seekでの個展情報はこちらからご覧ください。

片桐剛 油彩画展 -ひとりしずか- - Gallery Seek

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片桐剛

感動や奇跡は日常に潜んでいる。 目を凝らせば世界は美しく、描くに値するものに溢れていると気付く。 急激に変化していく現代社会において 「人の手で絵を描く意味はどこにあるのか」を自らに問い続け制作していきたい。