岡崎実央「Clarinetist」
岡崎実央「Clarinetist」——視点の複数性が、音楽を一枚に変える
クラリネット奏者が楽器に息を送り込む。頬が膨らみ、指がキイの上を走り、上体がわずかに前傾する。その一連の動作は本来、時間の上に連なるものだ。しかし岡崎実央のキャンバスの上では、それらが同時に存在している。
岡崎実央は1995年北海道札幌市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、週刊プロレスの記者として活動した後に画家へ転身するという、極めて異色の経歴を持つ。2019年の卒業制作優秀賞、2021年の第1回ARTIST NEW GATEにおける中島健太賞・リキテックス賞のダブル受賞を経て、プロレスをキュビズムで描く唯一無二の画家として注目を集めてきた。
プロレスのリングは観客が360度取り囲む。座席の位置によって選手の身体は異なる形を見せ、そのどれもが正解だ。岡崎はその複数性を、ピカソやブラックが確立したキュビズムの文法と接続させた。写真や映像が特定の一瞬・一角度を切り取るのに対し、岡崎の絵画は複数の時間と角度を一つの画面に畳み込むことで、その場にいた者だけが知っている体験の総体に迫ろうとする。
本作「Clarinetist」は、その方法論がプロレスの外に踏み出した地点に位置する。W300×H400mm、キャンバスにアクリル。大きなキャンバスを得意とする岡崎にとっては小ぶりなサイズだが、そのスケールが演奏者との物理的な近さを生み、観る者をライブハウスの最前列に引き込む。
岡崎の絵画に一貫しているのは、白黒で割り切れないものの豊かさを肯定する態度だ。プロレスにも、音楽にも、言語化しきれない領域がある。そのグレーゾーンを愛し、そのまま画面に定着させる。「Clarinetist」の前に立つとき、鑑賞者は自分がどの角度から音楽を聴いてきたのかを、ふと振り返ることになるだろう。
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