作品について
【作品について】 真鍮と銅で仕立てられた蒲公英(たんぽぽ)と蟻の立体造形。高さ120mm、幅・奥行き各30mmというわずかな空間の中に、蒲公英の茎と、その傍らを行き交う蟻の姿が収められている。蒲公英の細い茎の立ち上がりや花びらの放射状に広がる一本一本、そして蟻の小さな体節や脚の関節まで、すべてが金属によって形づくられており、植物と昆虫という異なる生命が一つの空間に同居する情景が金属の質感の中に定着されている。 【蒲公英と蟻というモチーフについて】 蒲公英も蟻も、道端や庭先でごく当たり前に目にする存在である。原田はこうした身近な生命について、「幼少期にはただただ夢中に観察し、身近にある小さい世界を覗き見していました。大人になって慌ただしい生活の中でついつい見落としてしまっていた感覚を思い出すきっかけになればと思っています」と語っている。蟻は原田が繰り返し取り上げてきた昆虫モチーフの一つであり、蒲公英もまた代表的な「用がある物」シリーズの「季 〜蒲公英と蜥蜴図三足香炉〜」に登場する植物である。見過ごされがちな足元の世界を、金属という恒久的な素材に移し替えることで、日常に潜む小さな景色に改めて目を向けさせる作品といえる。 【素材・技法について】 素材は真鍮と銅の二種。原田は「素材を限定することによって得られる表現を目指しています。全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させることによって表現しています」と述べており、本作でも塗料を一切用いず、真鍮と銅それぞれが持つ固有の色味——真鍮の黄金色と銅の赤褐色——、さらに化学変化による色の変化を活かして蒲公英と蟻の色彩が表現されている。制作には鍛金(金属板を金槌で叩いて成形する技法)と彫金(鏨で微細な形状を彫り出す技法)が用いられ、パーツごとに溶接や銀鑞付けで接合される。蟻の脚や触角、蒲公英の綿毛の冠毛といった極めて細い部位まで金属で成形するには、素材の厚みや焼きなましの温度管理を一つ一つ調整する必要があり、手のひらに収まるサイズの中に膨大な手仕事の時間が凝縮されている。 【見どころ】 この作品の前に立つとき、かつて地面にしゃがみ込んで蟻の行列を追いかけた記憶、あるいは蒲公英の綿毛を息で飛ばした記憶がよみがえるかもしれない。高さわずか120mmの中に閉じ込められた「小さな世界」をぜひ間近でご覧いただきたい。
原田武の作品