作品について
【作品について】 「一筋」は、蜘蛛と一輪挿しを組み合わせた金属造形作品である。銀、銅、真鍮、ステンレスという複数の金属素材が用いられ、高さ220mm×幅70mm×奥行70mmという手のひらに収まるスケールの中に、蜘蛛が糸を引く一瞬の情景が凝縮されている。タイトル「一筋」は、蜘蛛が垂らす一本の糸を想起させ、空間に張り詰める緊張感と静けさをそのまま言葉に置き換えたかのようである。一輪挿しとしての機能を備えながら、蜘蛛という生き物の存在が作品全体に独特の気配を与えている。 【蜘蛛というモチーフについて】 蜘蛛は、原田武が幼少期から観察してきた「身近にある小さな世界」の住人のひとつである。原田は「幼少期にはただただ夢中に観察し、身近にある小さい世界を覗き見していました。大人になって慌ただしい生活の中でついつい見落としてしまっていた感覚を思い出すきっかけになればと思っています」と語っている。蜘蛛は日常の片隅にいながら、多くの人が目を留めることなく通り過ぎてしまう存在である。「一見して美しいとは言えない日常の風景」に潜む面白さやカッコよさを再発見してもらうという原田の制作姿勢が、このモチーフの選択にそのまま表れている。 【素材・技法について】 銀、銅、真鍮、ステンレスという四種の金属が一つの作品に共存している。原田は「素材を限定することによって得られる表現を目指しています。全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させることによって表現しています」と述べており、塗料を一切使わず、金属そのものの地色や化学反応による色の違いで蜘蛛の体や糸、一輪挿しの質感を描き分けている。鍛金では金属板を焼きなまして金槌で叩き出し、彫金では松ヤニの上から鏨で微細な造形を刻む。パーツごとにTIG溶接や銀鑞付けで接合し、中空構造によって軽量化が図られている。蜘蛛の細い脚や糸のような極細の造形を金属で成立させるには、素材ごとの硬度や展性を熟知した上での加工判断が求められる。 【見どころ】 「一筋」は一輪挿しとしての用途を持つ作品である。原田の「用がある物」シリーズに通じるように、実用と造形が交差する地点に置かれている。花を挿したとき、生きた植物と金属の蜘蛛が同じ空間に並び、有機と無機の境界が揺らぐ瞬間が生まれる。蜘蛛の存在によって一輪挿しの周囲に「空気感」や「余白」が立ち上がる——それは原田が一貫して大切にしてきた、作品と鑑賞者との対話の始まりでもある。
原田武の作品