作品について
【作品について】 梅雨の情景を手のひらに収めたかのような三足香炉。蓋の上には蛙が腰を据え、胴部には紫陽花の花と葉が広がる。銀、銅、真鍮という異なる金属の地色と、七宝による色彩が組み合わされることで、雨に濡れた紫陽花の花弁の色味や、蛙の湿り気を帯びた肌の質感が、塗料を一切用いることなく表現されている。高さ約12cm、幅・奥行きともに7cmという小ぶりな香炉の中に、日本の梅雨という季節のまるごとの空気感が凝縮されている。 【蛙というモチーフについて】 原田武の作品群において、蛙は幼少期に夢中になって観察した「身近にある小さな世界」の住人のひとつである。作家自身が「大人になって慌ただしい生活の中でついつい見落としてしまっていた感覚を思い出すきっかけになれば」と語るように、雨の日に紫陽花の葉の上でじっとしている蛙の姿は、多くの人が子ども時代に一度は目にしながら、いつしか通り過ぎるようになった風景そのものである。本作はその記憶の断片を金属の中に刻み込み、香炉という「用がある物」の形で鑑賞者の手元に届ける。 【素材・技法について】 胴部には鍛金——金属板を焼きなまして柔らかくし、当て金に当てながら金槌で叩いて立体へと成形する技法——が用いられている。紫陽花の花弁や葉脈といった細部は、松ヤニの上で鏨を使い一筋一筋彫り込む彫金によって刻まれる。パーツはTIG溶接や銀鑞付けで接合され、中空構造とすることで見た目の重厚感に対して軽量に仕上げられている。色彩面では、作家が「全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させる」と述べるとおり、硫化カリウムによる化学反応での茶〜黒系の色味に加え、七宝によって蛙の緑色が補われている。金属と釉薬、それぞれの発色が一体となることで、雨の季節の湿度までもが伝わるような色調が生まれている。 【見どころ】 三足という香炉の形式にもご注目いただきたい。「季 〜蒲公英と蜥蜴図三足香炉〜」にも見られるように、三足香炉は原田の「用がある物」シリーズに位置づけられる形式であり、実用の器でありながら、その表面に季節の一場面を宿らせるという二重の性格を持つ。蓋を開閉するたびに蛙と目が合い、香を焚けば煙とともに雨の記憶が立ち上る——そうした日常の中での対話こそ、作家が「自分と鑑賞者との一種の対話」と呼ぶものの在り方である。
原田武の作品