作品について
【作品概要】 澄んだ水面の気配のなかに、一尾の鯉が金色の鱗を揺らしている。33.3×24.2cmという小品ながら、岩絵具の粒子が生む奥行きと箔・截金の繊細な輝きが画面に凝縮され、観る角度や光の加減によって表情を変える一作です。鯉の堂々とした体躯と、それを包む静謐な余白との対比が、画面に品格ある緊張感をもたらしています。 【素材・技法について】 支持体には雲肌麻紙が用いられています。雲肌麻紙は楮を原料とする和紙のなかでも特に繊維が長く、岩絵具の重ね塗りに耐える強靭さと、柔らかな風合いを併せ持つ日本画の定番素材です。鯉の体表は岩絵具と水干絵具を幾層にも重ねて色調を整え、鱗一枚一枚に厚みと透明感が与えられています。背景や輪郭の締めには墨が用いられ、色彩の華やかさを引き立てつつ画面全体を引き締めています。 注目すべきは箔と截金の併用です。箔によって鯉の金色の輝きに面としての広がりが生まれ、さらに截金——薄い金箔を細い線や文様に切り出して貼り付ける技法——によって鱗の一枚一枚に精緻な装飾が施されています。截金はもともと仏像や仏画の荘厳に用いられてきた技法であり、その細密な手仕事が本作にも息づいています。膠を接着・定着の媒材とする伝統的な手法で、すべての素材が一枚の画面に調和しています。 【隠れた要素・見どころ】 ぜひ作品に近づいて、光の角度を変えながらご覧ください。截金の細線は正面からではほとんど見えず、視点をずらした瞬間に金の筋が浮かび上がります。鯉が水中で身を翻すときの一瞬のきらめきを、素材そのものの物理的な光の変化で追体験できる仕掛けです。
中村祐子の作品