作品について
【作品概要】 画面の中に静かに咲く宝相華——それは現実のどこにも存在しない、しかし古来より日本の工芸や建築装飾の中で繰り返し描かれてきた想像上の花です。雲肌麻紙の柔らかな肌合いの上に、岩絵具と水干絵具による繊細な色層が重ねられ、箔と截金の細い線条が光を受けてわずかに煌めきます。33.3×24.2cmという小ぶりな画面の中に、荘厳と親密さが共存する一枚です。 【タイトルについて】 「宝相華(ほうそうげ)」は、唐草模様と結びつきながら仏教美術や正倉院宝物に見られる装飾文様として知られています。蓮華・牡丹・芍薬など複数の花の特徴を一つの花姿に凝縮した、いわば理想の花の造形です。タイトルにこの名を冠することで、作品は単なる花の写生ではなく、長い美術史の中で受け継がれてきた「在り得ない花を描く」という行為への応答として位置づけられます。 【素材・技法について】 支持体には雲肌麻紙が用いられています。楮を主原料とするこの和紙は、繊維が長くやわらかな表面を持ち、岩絵具の粒子をしっかりと受け止めます。天然鉱物を砕いた岩絵具と、より粒子の細かい水干絵具を併用することで、粗さと滑らかさの異なる質感が一つの画面に共存しています。墨による輪郭や暈しが構造を引き締め、膠がすべての絵具層を和紙に定着させる接着の要となっています。さらに注目すべきは截金(きりかね)の存在です。金箔や銀箔を細い線状・小片に切り分け、膠で一片ずつ貼り付けていくこの技法は、もともと仏像や仏画の装飾に用いられてきたものです。極めて繊細な手仕事であり、見る角度や光の加減によって表情が変化します。箔の面的な輝きと截金の線的な輝き、その二つの光の質の違いにもぜひ目を留めてみてください。
中村祐子の作品