作品について
【作品概要】 明け方の空にわずかに残る月——「暁月」と題されたこの作品は、夜と朝のあわいに浮かぶ淡い光を捉えています。画面全体を包む静謐な空気の中に、消え入りそうでありながら確かにそこに在る月の姿が描かれ、見る者の呼吸をふと止めるような緊張感と安らぎが同居しています。53×33.3cmという縦長の画面構成が、空の奥行きと月へと視線を導く垂直の流れを生み出しています。 【タイトルについて】 「暁月(ぎょうげつ)」とは、夜明けの空に残る月を指す言葉です。古くから和歌や俳句に詠まれてきたこの情景は、満月の華やかさとは対照的に、儚さと余韻をたたえています。最も明るい時間へと移り変わる直前、闇の名残とともにある月の姿は、終わりと始まりが重なる一瞬を象徴しています。 【素材・技法について】 本作は雲肌麻紙を支持体とし、岩絵具と水干絵具を膠で溶いて用いる日本画の伝統的な技法で描かれています。岩絵具の鉱物由来の粒子がもたらす微細な光の散乱は、暁の空気に漂う湿度や温度までも画面に留めるかのようです。さらに箔と截金(きりかね)が施されており、光の当たる角度や鑑賞する距離によって表情が繊細に変化します。截金は、金箔や銀箔を細い線や小さな形に切り出して画面に貼り付ける技法で、仏画や仏像の装飾に用いられてきた高度な手仕事です。本作においては、月光や大気の微かな輝きを表現する手段として用いられ、絵具の層とは異なる質感の光が画面に息づいています。鑑賞の際にはぜひ、正面からだけでなく少し角度を変えてご覧ください。截金と箔が捉える光の変化が、暁の空が刻一刻と移ろう様を静かに再現しています。
中村祐子の作品