作品について
銅、真鍮、銀、色箔といった金属素材と木を用いて、カヌレの姿を立体化した作品。原田武は子供の頃から身近なものを注意深く観察してきた記憶を出発点に、日常の何気ない対象を金属造形として再構築する。鍛金・彫金などの伝統的金工技法を駆使し、カヌレ特有の溝のある外形や焼き色の質感を、硫化カリウムや火焔酸化による化学着色で塗料を用いずに表現している。手のひらに収まる小さな造形のなかに、素材と技法の確かな裏付けが凝縮されている。 【作品について】 焼き菓子カヌレの姿を金属で再現した立体作品。外側には深く焼き込まれたような濃い茶褐色の表面が広がり、上部にはキャラメル色から琥珀色へとにじむグラデーションが現れている。縦に走る溝(カヌレ特有の縦溝のある型の痕跡)が規則正しく刻まれ、頂部のわずかな凹みや縁の焼きムラまで、実物のカヌレを目の前にしているかのような存在感がある。高さ約10.5cm、幅・奥行き約7.6cmという手のひらに収まるスケールの中に、菓子一つの「表情」がそのまま閉じ込められている。 【モチーフについて】 カヌレは、通常アートの主題として選ばれることの少ない日常の一断片である。原田は「日常において美しいと感じられるものだけではなく、それ以外のものの方が多数であり、その一つ一つにも目を向けていきたい」と語っており、本作はまさにその姿勢が食卓の風景へと向けられた一点といえる。コンクリートブロックや車止めといった無機物をモチーフにしてきた延長線上に、この小さな焼き菓子がある。タイトルの「My」という一語が、日常の中で愛着を感じる瞬間——自分だけのカヌレを前にしたささやかな喜び——を静かに示唆している。 【素材・技法について】 素材は銅、真鍮、銀、色箔、木。原田は塗料を一切使わず、金属素材そのものの色や化学変化によって発色させることを制作の核としている。「素材を限定することによって得られる表現を目指しています。全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させることによって表現しています」と本人が述べるとおり、カヌレ表面の焦げた茶褐色は硫化カリウムと銅の化学反応によるもの、上部に浮かぶ琥珀色や金色の光沢は色箔の効果と考えられる。木の台座は作品に「空気感」や「余白美」を与える要素として、素材選びにまでこだわりが及んでいる。 【見どころ】 金属であることを忘れさせるほどの質感の再現に目を奪われた後、もう一度よく見ていただきたい。カヌレの溝一本一本の深さの違い、頂部の微妙な膨らみと沈み、縁に残る焼きムラの色調変化——それらすべてが金槌と鏨、そして化学反応だけで生み出されている。「自分の作品を見て何らかの感情を抱いて頂ければ嬉しい」という原田の言葉どおり、この作品は見る人それぞれの日常の記憶に触れ、対話が生まれたとき初めて完成する。
原田武の作品