作品について
枯葉と蜘蛛という身近な自然の一場面を、銅・真鍮・銀・錫の金属素材によって箱物として立体化した作品。原田武が近年取り組む「用のある物」への展開を示す一点であり、外観からは実用品であることが容易には察知されない仕掛けが施されている。鍛金・彫金を駆使して成形された枯葉や蜘蛛の細部には、子供の頃に自然を夢中で観察した記憶を手繰り寄せる「郷愁」の眼差しが宿り、硫化カリウムや火焔酸化による化学着色が、時間の経過とともに風化していく記憶の質感を金属表面に定着させている。 【作品について】 「落-枯葉と蜘蛛図箱物-」は、9cm四方ほどの小さな箱物の上に、枯葉と蜘蛛が配された金属造形作品である。銅、真鍮、銀、錫という複数の金属を用い、枯れて縁が反り返った葉の薄さや乾いた質感、その傍らに佇む蜘蛛の細い脚の一本一本までが、すべて金属によって立体的に表現されている。箱の表面には落ち着いた暗褐色から黒にかけての色調が広がり、枯葉の茶色味を帯びた色合いとともに、秋から冬へと移ろう季節の空気が静かに漂う。 【蜘蛛と枯葉というモチーフについて】 原田武の作品の根底には「大人になるにつれて忘れてしまう幼少期の瑞々しい記憶と郷愁」がある。「日常において美しいと感じられるものだけではなく、それ以外のものの方が多数であり、その一つ一つにも目を向けていきたい」と本人が語るように、枯葉の上の蜘蛛という一見して美しいとは言い難い光景を、あえて作品の主題として選び取っている。地面に落ちた枯葉、その片隅に潜む蜘蛛——足元で見落としてしまう日常の断片を、手のひらに収まる箱物として留めることで、かつて夢中になって地面を覗き込んでいた頃の感覚を呼び起こそうとする作品である。 【素材・技法について】 この作品では銅・真鍮・銀・錫の四種の金属が使い分けられている。箱本体や枯葉は鍛金によって金属板を叩き出して成形し、蜘蛛の脚や葉脈といった微細な造形には彫金の技術が用いられている。着色には塗料を一切使わず、硫化カリウムによる化学反応や錫のバーナー炙りなどで金属そのものを発色させている。「素材を限定することによって得られる表現を目指しています。全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させることによって表現しています」という原田自身の言葉の通り、枯葉の褐色も蜘蛛の暗い体色も、すべて金属固有の色と化学変化の産物である。 【見どころ】 タイトルの「落」という一文字に注目したい。枯葉が地面に落ちた瞬間、あるいは落ちてしばらく経った静けさ——その時間の厚みが、わずか9cm四方の箱の上に凝縮されている。箱物という「用がある物」の形式をとりながら、蓋を開けるという行為よりも、その表面に展開される小さな世界に目を凝らしたくなる。蜘蛛の脚先が枯葉に触れる接点、葉の縁の反り具合など、実際に手に取って眺めるほどに発見が増えていく作品である。
原田武の作品