作品について
銀、銅、錫を用いて成形された箱物作品。蓋や表面に蜥蜴のモチーフがあしらわれ、一見すると鑑賞のための造形作品でありながら、実際には「用がある物」として機能する。原田武は子供の頃に自然の中で動植物を観察した記憶を制作の起点としており、蜥蜴もまたその身近な世界から掬い上げられたモチーフである。鍛金・彫金を駆使した金属の質感と、硫化カリウムや火焔酸化による塗料を用いない着色が、小さな生き物の存在感を静かに際立たせている。 【作品について】 蓋付きの箱物の上に、一匹の蜥蜴(トカゲ)が佇んでいる作品。W7.5×H9×D7.5cmという掌に収まるほどの小さな立体でありながら、銀・銅・錫という三種の金属が使い分けられ、蜥蜴の体表と箱の表面それぞれに異なる質感と色調が与えられている。蜥蜴の四肢や指先、尾の曲がりに至るまで、金属とは思えない生々しい量感が宿り、箱物としての端正な造形と生き物の有機的な姿態が一つの作品の中で対比をなしている。 【蜥蜴というモチーフについて】 原田武にとって、蜥蜴は幼少期に夢中になって観察した「身近にある小さな世界」の住人である。本人は「幼少期にはただただ夢中に観察し、身近にある小さい世界を覗き見していました。大人になって慌ただしい生活の中でついつい見落としてしまっていた感覚を思い出すきっかけになればと思っています」と語っている。蜥蜴は代表シリーズ「用がある物」の中にも「季 〜蒲公英と蜥蜴図三足香炉〜」として登場しており、繰り返し取り組んできたモチーフの一つである。日常で何気なくブロック塀や石垣に現れては消える蜥蜴の姿——大人になると見過ごしてしまうその一瞬の存在を、金属の中に留めている。 【素材・技法について】 銀・銅・錫の三種の金属を用いている。原田の制作では、鍛金によって金属板を焼きなましながら金槌で叩き出して形をつくり、彫金によって松ヤニの上から鏨で表面の細部を彫り込んでいく。パーツはTIG溶接や銀鑞付けで接合され、中空構造とすることで見た目の重厚感に反して軽量に仕上げられている。着色には塗料を一切使わず、「全て金属で形を作るだけでなく色も金属の化学変化で発色させることによって表現しています」という言葉の通り、硫化カリウムによる化学反応や錫のバーナー炙りなど、素材そのものの変化だけで色味を生み出している。銀・銅・錫それぞれが持つ固有の色と反応特性が、蜥蜴の体色や箱の表情の違いとして作品に現れている。 【見どころ】 この作品は「箱物」——すなわち蓋を開けることができる実用的な器としての性格も持つ。一見すると金属の塊のような造形物に見えながら、実は「用がある物」であるという二重性が、原田作品の特徴の一つである。蜥蜴が箱の上でどのような姿勢をとっているか、尾がどこへ伸びているか、蓋と本体の境目がどこにあるか——手に取って眺め回したくなる仕掛けが、掌サイズの中に凝縮されている。
原田武の作品